銀座で働いていた時の思い出②
銀座という街は、近くに高級クラブや百貨店が立ち並び、芸能人も多く訪れる街である。
もちろん僕の店も例外ではない。帝国ホテルなどに商品を納入することもあって、幾人かの著名人が弊店の常連であるとも言われている。尤も、僕はそうした方々に残念ながらお会いする機会が少なかったのだが、一人だけ鮮明に覚えている著名人のお客様がいる。
お名前は伏せるが、この後の話を読めばある程度見当がつくかもしれない。
日曜の夜、もう商品が幾つかあるだけ……という状況の中で、その方はご来店された。
全身黒い服に身を包み、すらっとした体型、高身長。そして聞き覚えのある特徴的な声。僕と年はだいぶ違うが名前を聞けば誰もがわかる方であった。
「大福は……もう売り切れかい?」
「はい、申し訳ございません。17時ごろ完売となってしまいました。」
「そうかぁ…なら、よもぎ大福をもらおうかな。」
もし粗相をしたら僕のクビどころでは済まない、店が消える。汚い話で恐縮だが、緊張で漏れそうと思ったのは後にも先にもこの一回きりである。
そんな中、恐る恐る伺ってみた。
「お幾つご用意いたしましょうか。」
「うーん、2個かな。」
普段は紙袋に入れるが(2個以下は基本紙袋)、失礼にあたるのではないだろうかと思い紙箱にお入れしてお渡しした。
ご退店されて一息ついた後、残りの個数を数えながらこう思った。
「5じゃないのか。」